入門編

スポーツでも優雅でもないヨットの遊び方がある クルージング派の感覚とは?

ヨットに乗りはじめる以前の 感覚を思い出していました。

ヨットという存在は知っていましたが、 お金持ちの優雅なお遊び道具とか 昔、TVでみた 屈強な男たちが乗り込む、アメリカ杯のイメージが強かった。

しかし、ある時 偶然の出会いからセーリングヨットに乗る機会を得て、現在は自分が クルージング派ヨットオーナー。

そんな私が、これからヨットを始めようかと考えているあなたに

クルージングヨットに乗るって行為は、どんな感覚で楽しむことが出来るモノなのかお伝えします。

クルージング派ヨット乗りの存在を知ってますか?

今日も明日も、時間のある限り航海を楽しむ人の事を、クルージング派と分類して呼んでいます。

時間には限りがあるものですが、その限りある時間のほとんどをヨットの乗って旅行しているオーナー達の存在は、案外知られていません。

しかし、私のヨット係留場所にはこんな人が多く居ます。

例えば、日本をグルっと一回りすること4回の夫婦。 半年位、穏やかな季節の瀬戸内海で放浪旅行を楽しむ早期退職おじさん。 昔の千石船時代の航海航路をトレースして歴史を探訪している変ったオジサン。

もちろん、多くの時間をとれない現役サラリーマンでも、休日には泊りがけの旅行に出掛けて行く。

こんな人たちが、 クルージング派だと思います。

クルージング派と対局にあるのが、競技スポーツのレース派。

こことの違いを知っていただきたいと願っております。

夕景の大型カタマランヨット

セーリングヨットはスポーツだからオリンピック競技になった

ヨット=スポーツとして考えることは一般的なのでしょう。

その理由として、競技ツールとしてヨットを使用することが多い為 と思っています。

幼少期からヨットに触れてきた人も、学生時代に始めた人も少し上達したら、レースに出る。

競うことで、レース技術的には早く上達するとおもいます。戦術は競うことの根本にありますので、知識と計算思考をフルに使っていくことは知性も育ててくれるでしょう。

競争と遊戯性をもつ広義の運動競技の総称を スポーツであると考えた場合

ヨットはスポーツとして認知されているから、教育のツールでもある。

教育ツールになったから、文化として成立している。露出度が上がり、認知されて初めて 文化になる

う〜ん 文化になるといいよねぇ・・

しかしながら、そこには無い楽しみと、生きる力を教える事が教育ではないでしょうか。

情報としてあたえる事が教育なのに、スポーツにしてしまった事で、競うことが目的になった結果

日本においては、ヨットが身近なモノではなくなってしまったと同時に、体育教育とはいくぶん異なるアプローチのしかたでヨットが使われていると感じています。

もっとも、セーリング競技すら知らない人も多いのが現状だと思いますけどね。

クルージングヨットはスポーツではありません

クルージング派と呼ばれるヨット乗りは スポーツしていません。

他者とは競わない、優劣つけない。

それは、目的ではないから。

争うとしたら、その相手は自然全般。 もちろん、全く敵いません。

危険を求めた冒険をしているわけでもないのに、迫りくる危険には立ち向かいます。

勝てないけど、敗北しないことだけ求めて抗います

この抗いをスポーツとは思わないし、そう分類してはならないと思います。

自然に負けない事、自然に合わせた生活を楽しむことに、目的を見出しているのがクルージング派の感覚かと考えます。

クルージングって、ほぼ毎回 優雅ではない時間をヨットと共にする

ヨットの上では、優雅に過ごすことが出来る なんて思っていませんか。

この感覚でヨットを始めると、ヨットを持っているのに出航しないとか、港にすら行かないなんてことになるんです。

現実問題として、ヨットを楽しめないオーナーが多いのは、ここに原因がある様に思っています。

海の上でノンビリと、日常を離れた時間を持つことが目的のオーナー達は、自然の優しさだけを求めてしまいがち。

しかし、海って優しくないんですよ。

四季のある日本、海は季節によって表情を変えるし、刻一刻と目まぐるしく状況も変化するのが海上の現実。

  • 春には、桜前線と共に嵐が吹き抜けることが多い。 GW辺りにはメイストームが吹き抜ける。
  • 夏には、猛暑と無風の時間帯を経て、午後から海陸風/シーブリーズが強く吹く。
  • 秋には、台風が週一の間隔でやって来る。
  • 冬には、西高東低の気圧配置となりやすく、寒気と共に北風小僧が強く吹き抜ける。

四季を大きく見渡してみるだけで、こんなにも苦しい時間がヨット乗りを迎えてくれます。

この環境のなかで、いかに楽しい時間を手に入れていくのかがクルージング派の目的でもあり、醍醐味なのだと思います。

クルージング派の感覚は、自由度の高さを持つ

朝早くに起き出して、日の出と共に出航する

朝の時間は、凛とした空気と陸海風の時間を経て、朝凪を迎える。この頃には朝陽が眩しく迎えてくれます。

海岸線から望む朝陽

自然の優しさを、最も感じる時間帯に海上にいることの楽しさは、生きていることを実感させてくれる。

漁師が、神を崇拝する気持ちを理解できる、 神々しい瞬間です。

その後の海況はお天気次第。

クルージングに適した風が吹き続けることもありますが、無風状態になることもあれば、風が強く吹き抜ける事もある。

暑さ、寒さも自然任せ。 自然の都合に合わせて生きる時間を満喫するには、自由度の高さがヨット乗りに求められます。

時間の自由以外に、お天気 海況に合わせた状況判断の自由度。 豊かな想像力です。

クルージング派は、競技ルールに縛られないと同時に、守ってくれる運営機関もありません。

自由が存在している以上、責任も存在する中で、いかに楽しむかの苦しさもある。

自然の厳しさに、泣きそうになることも多いものです。

しかし、私は乗り続けてます。 ヨットって優雅ではないし、スポーツでもないな。 そう思いながら乗っています。

なぜ 乗っているのか考えてみると、やっぱり自由度の高さが大きいです。

移動するのに決まった道がなく、判断と選択を求められること。

天候に翻弄されることを事前に察知したなら、それに合わせて対処する判断。

今日進む距離も、状況に合わせて変更させられる判断。

海上で危険に遭遇した際に、回避する判断。

自分で決める、行動すべきことの全てが 自由だから乗り続けていると思います。

あなたにも、自由を与えてくれるクルージングヨット。

自然に合わせる事は、不自由なものではありませんよ。

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